中野 馨一が創る 外構、庭造りの現場

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労働の疎外  by 資本論

労働の本質を見失って 議論してもね~ って 感じなんですが・・・


労働は、本来、人間の本質の実現という性質を持つ。労働者は、仕事=作品(Werk=work)のなかに、自己の本質が表現されているのを目にすることができる。
労働が自己実現であるのは、自己を忘れて対象に没頭し(第一の否定)、それによって対象の外面性を否定し(第二の否定)、対象に自分の精神の像を刻み込む、その「否定性」が、人間の本質であるからだ。

1)労働の生産物からの疎外
「労働は単に商品だけを生産するのではない。労働はそれ自身と労働者を商品として生産する。」
「労働の生産物は、対象の中に固定化され事物化された労働であり、労働の対象化である。」

2)労働からの疎外
「疎外は、単に生産の結果においてだけでなく、生産の行為のうちにも、生産活動そのものの内部においても現れる。」
「労働者は、労働の外ではじめて、自己のもとにある、と感じ、
労働の中では、自己の外にあると感じる。
彼の労働は、自発的のものではなく、強いられたものであり、強制労働である。
そのため労働は、欲求の満足ではなく、労働以外のところで欲求を満足させるための手段であるにすぎない。」

3)類的(=人間的)本質からの疎外
「労働者は、ただわずかに彼の動物的な諸機能、食うこと、飲むこと、産むこと、さらにせいぜい住むことや着ることなどにおいてのみ、自発的に行動していると感じるにすぎず、そして、その人間的な諸機能においては、ただもう動物としてのみ自分を感じる。」

4)人間の人間からの疎外
「労働の生産物が労働者に属さず、疎遠な力として彼に対立しているならば、そのことはただ、この生産物が労働者以外の他の人間に属するということによってのみ可能である。
労働者の活動が彼にとって苦しみであるならば、その活動は他の人間にとって享受であり、他の人間の生活の喜びでなければならない。」
「従って私有財産は、…外化された労働の必然的な帰結なのである。」
(以上の訳は、岩波文庫の城塚・田中訳から)



派遣の労働
これは もはや 何も生産していない。

誰か 革命 でも 起こせるかね


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by nakanokeiichi | 2009-01-05 19:16 | 思ったこと政治社会